これはとある老人ホームで生活しているチエさん(仮名)と云うご年配の女性が聞かせてくれたお話です。
チエさんは一人っ子で、まだ幼い頃は父と母の3人で暮らしていました。父は大変子煩悩で優しく、一人娘のチエさんの事をそれはそれは可愛がってくれたそうです。
しかし時は正に戦時中です。チエさんの父も例外なく徴兵され戦地へと旅立って行ってしまいました。
どうか無事に帰って来て欲しい・・
ただただ、それだけを願ってチエさんもお母さんも神様に祈っていたそうです。
しかし、その願いも空しく父は戦地で空爆に巻き込まれ亡くなってしまいます。国から送り届けられた亡き父の姿を見て、まだ幼かったチエさんにも父が本当に死んだ事だけは理解出来ていたそうです。
でもチエさんには理解は出来ても父の死を受け入れる事は出来ませんでした。
皮肉な物ですが、父の無事と云う願いを叶えてはくれなかった神様へただ父に会えますようにと願い続ける日々だったそうです。
そして・・夏を迎え七夕の時期がやって来ました。七夕は年に一度だけ短冊に込めた願いを神様が聞き入れてくれる日です。チエさんはたった一つの願い事として「お父さんが帰って来ますように」と短冊に書いて笹の木に括り付けました。
そして母と一緒に居たある日の夜です。ガタッと物音が聞こえたかと思うと玄関の方から声が聞こえたそうです。
「おーいチエ」
「お父さん・・」
チエさんも母も驚きました。その声は間違いなく死んだ父だったからです。
チエさんは大喜びで玄関に向かいました。引き戸の摺りガラスごしに見えるのは間違いなく父の姿だったそうです。
「お父さ~ん」
チエさんが玄関のドアを開けようとした時でした。
「ダメよ!チエ」
母が血相を変えてチエさんの腕を強く掴んで離さなかったそうです。
「お母さん、お父さんが帰って来たんだよ?家に入れてあげないと・・」
「もうお父さんには会えないの!だからドアを開けてはダメ!」
母は泣きながらチエさんを抱き寄せ決して離してはくれませんでした。
「チエ・・開けてくれ・・」
玄関では父が悲しそうに声を掛けて来ます。
「どうして?何でダメなの?私はお父さんに会いたいよ」
チエさんは必死に母に伝え何とか玄関に行こうとしますが、母は決して離してはくれませんでした。
「もうお父さんは死んだの!一緒には暮らせないのよ」
母は錯乱したように興奮しながら声を荒げました。
そして・・
そんな母の声を聞いた父は黙ってドアから背を向け遠くに去って行ってしまったそうです。それ以来、二度と父が来る事はなくチエさんが父の声を聞けたのはそれが最後でした。
これがチエさんが聞かせてくれた話でした。話が終わる頃にはチエさんもぼろぼろと涙を流しています。
「例え死んでしまっていても私はお父さんに会いたかった。あの時に母の手を振り払ってでもドアを開けてやれなかった事を本当に申し訳なかったと思う」チエさんは何処か遠くを見ている様な目で寂しそうに言っていたのが印象的でした。
そしてその後の話ですが、数年後には何とかお金を工面して父のお墓も建てたそうです。
チエさんは物凄く強い後悔の念があったので、墓参りの時には何時も父にあの時はごめんねと謝っていたそうです。
最後に此のサイトを見てくれている皆様へのお願いです。人は戻らない時を背負って生きています。どんなに大切な人と一緒に居たくても別れの日は必ず来てしまいます。
でも、例え会えなくなったとしてもその人との思い出は残り続けます。なので、せめて年に一度だけでも大切だった人の事を偲んで墓参りに行く事が生きている者が出来る恩返しではないかなって思うんですよね。
もうすぐお盆時期です。もしここ数年墓参りにも行っていないと云う人が居るのであれば今年は是非行ってあげてください。